2025/04/15 22:42


会社を辞めた帰り道、彼は空っぽのリュックを背負って公園のベンチに座っていた。


最後の退職挨拶も、誰の心にも届いていなかったと思う。

何かを成し遂げたわけでも、誰かに必要とされたわけでもない。

ただ、逃げるように辞めたのだ。


空は曇っていて、夕暮れ前の風が冷たい。

携帯を見ると、バッテリーは2%。

どこにも行き場がない気がして、思わず溜息が出た。


ふと、公園に見慣れないコーヒー屋があった。

木製のカウンターに小さな看板。「silver tree」と書いてある。


「よかったら、一杯だけでもどうぞ」


穏やかな声に導かれるように、彼はカウンターへ近づいた。


「疲れてますね。今のあなたに合うコーヒー、淹れますよ。」


そう言って出されたのは、苦味の奥に優しさを感じる深い一杯。

香りは静かに心に染み渡り、ひと口飲むと、涙がにじんだ。


「これは、インドネシアマンデリン。

強さと静けさを併せ持つ、不器用な豆なんですよ。」


店主が静かに笑った。


「不器用でも、大丈夫ですか?」


「ええ、むしろ不器用な人のほうが、人の痛みがわかる。

コーヒーも人も、欠けてるからこそ、味わい深いんです。」


その言葉が胸に残った。

今日が終わりじゃないと、少しだけ思えた。


帰り道、まだリュックは空っぽだったけれど、

心には確かに、小さな灯りがひとつ灯っていた。



【添える一言メッセージ】


「不器用であることは、優しさの証。

あなたの心にも、深く優しい味が宿っています。」